![]() 昨日の雨から一転 ポカポカ春のような今日です またスマホから心もとなくも投稿しようかなーと パソコンはこのたびの選挙結果に動転して コンピューターが破壊されてしまったようです そんなパソコンと同じに私も動揺しています これからどんな政をしてくれるのか 何はともあれ 戦争をしない、非核三原則を堅く守る国でいてほしいです さて この投稿ちゃんと書けているかなー 送信します #
by jyariko-2
| 2026-02-12 17:09
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厳しい寒さに凍結してしまったのか パソコンの具合が悪いです これスマホからの投稿ですが 不慣れなスマホ投稿に不安なので しばらくお休みします 皆様のところには出来るだけお伺いさせていただこうと思っています どうぞよろしく #
by jyariko-2
| 2026-02-09 07:06
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明日は立春 今日のうちに気分のすぐれないものは全部追い払ってしまいたい 家中にバラバラと音を立てて豆を播こうかー 木戸に柊の葉や魔よけのために柊の葉や魚の頭をたて 節分の夕餉はイワシと決まっている きっとご近所さん宅のテーブルにもイワシがのることでしょう 恵方巻? 恵方巻っていつ頃から習慣になったんだろう 大人になってからそれを知った 未だにそのような物を食べたことが無い 避けているわけでもないけれど 今年は南南東を向いて食べるとよいんだとか じゃあ イワシをそちらを向いてガブリとしようか 先日降った僅かな雪が北側の日陰には未だに残っている 今日は暖かい気がするけれどこのまま溶けずにいる事でしょう 棚から抜いてきた本 明治時代のあれこれ 半藤一利さんが書かれているのも面白い 夏目漱石など当時の文化人の言葉にふと今の世が重なる 日露戦争後 漱石は ≪ 「・・・・戦争以後一等国になったんだという高慢な声は 随所に聞くようである なかなか気楽な見方を すれば出来るものだと思います」 と 国民がいい気になって浮かれているときつく戒めている ・・・軍事力を背景に日本の発言力をものすごく大きなものとした 日露戦争後の世相を痛烈に皮肉った歌がある 一代の演歌師 添田亜蝉坊 「ああ金の世や金の世や 互いに血眼血眼 食い合い奪い合いむしり合い 敗けりゃ乞食か泥棒か ・・・・・ ・・・死ぬより外に道は無い ああ金の世や金の世や」 漱石は 「・・・・・何処を見ても真面目なものが一つもない ことごとく幻影と 一般タワイないものである こんな世に住んで真面目に苦しい思いをして 暮らすのは馬鹿げている 真面目になり得るためには他人があまり滑稽である ・・・・世の中は泣くにはあまり滑稽である 笑うにはあまり醜悪である 」 そして漱石はこの社会状況に対する批評を重要なテーマとして 「吾輩は猫である」をはじめとして各作品に繰り返し繰り返し「文明批評」を展開している 明治40年 作家一本になった時からそれはいっそう尖鋭化する 『生涯はただ運命を頼むより致し方なく前途は惨憺たるものに候 それにもかかわらず大学に噛みついて黄色になったノートを繰り返すよりも人間として 殊勝ならんかと存候。 小生向後何をやるやら何が出来るやら自分にもわからず ただやるだけやるのみに候』 野上豊一郎あて書簡 漱石の作家として一本立ちする覚悟のなみなみならぬものが知れる ・・・・・当時の日本人(とくに若者)の精神状況を厳しく批評する 一 「成功」という流行語で示される立身出世主義 二 金が有れば万事可能という金権、拝金、成金主義 三 余は楽しければよいとする享楽主義 四 生きる事の意義を失い懐疑、煩悶に陥る もの増加 バタバタと倒れた この恐慌により財閥は支配権を強め国家資本と結び 産業独占の形をととのえた 一方不況にあえぐ民衆の群れ もう一方にますます肥え太っていく資本家という階級的構図を生んだ これが若者を煩悶させ虚無に追い込み堕落、無気力にならざるをえなくした これが漱石が正視しこのままではならないと思っていた 社会傾向であったといえようか これが「虞美人草」の若者の自我意識が主題となっている 次の「三四郎」での東海道線車中で紳士と三四郎との会話 ・・・・・・・・・・「亡びるね」に 世界に冠たる大日本帝国はそれから37年後の亡びたのである 「それから」になるともっと手厳しい 『日本は西洋から借金出もしなければ到底立ち行かない国だ それでいて一等国を以て任じている。 あらゆる方面の向かって 奥行きを削って一等国だけの間口を張っちまった なまじい張れるから なお悲惨なものだ ・・・・目の回るほどこき使われるから 揃って神経衰弱になっちまう ・・・日本中どこを見渡したって輝いている断面は一寸四方もないじゃないか とにかく暗黒だ」 そして「門」を書いて居る時胃腸の具合が悪くなり「修善寺の大患」がくる ・・・・・・・・・・・・・・ ≫ この辺で 書き取りはお終い 大正時代になり 「彼岸過迄」 「行人」 「こころ」 「道草」そして「明暗」へと続く 2月9日は漱石の誕生日 家の周りはまだまだ枯草ばかり オモトの葉や赤い実が色を添えてくれている ビニールトンネルの中でブロッコリーが育っていた 嬉しい緑 #
by jyariko-2
| 2026-02-03 21:04
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1月最後の日は青空いっぱい 日本海側の雪は止んだだろうか ささやかな夢と希望をもって迎えた新年だった 健康であれば 平和へと進むのであれば・・・・って 春のような暖かい日もあったけれど 日本海側の豪雪が厳しい そんな中 まさかの国会解散総選挙となった 政党が組み直されたり新しく出来たり主張を聴き分けきれない 消費税の事ばかり唱えられているけれど 世界情勢と日本の立場など外交の事や 社会福祉の事、政治とお金の事、旧統一教会の事等々もっと知りたいなー 寒い寒いと縮んでいてはいけないね 日陰に雪の残る鹿教湯温泉へ行った 家から車で1時間ほど 昔は湯治場だった、高齢者の保養だったりリハビリの為の温泉でもあった それは変わらないけれど今は大きなホテルやお洒落な宿が並んでいる 我々は格安お宿でゆっくりたっぷり温泉に浸って来た 近くの文殊堂や薬師堂への参道には氷の灯籠が並んでいた ロウソクが灯されたらいい雰囲気の事でしょう 今日の地方新聞から 明治政府による制限選挙に対し民衆が普通選挙を求めて立ち上がった 1890年の第一回衆議院選挙で投票できたのは 25歳以上一定の財産の有る者 当時の人口の1%だった 1897年に松本に普通選挙期成同盟会が設立され 普通選挙の実現のために立ち上がった その 木下尚江など3人と他の同志や女性たちの記念碑が 図書館の入り口に建てられている 声を上げられた先人たちにより 1946年完全な普通選挙が実現した 選挙の度に 知らされることだけれど当時のこの運動への熱意を思っては 投票場に行く 投票率が高い選挙になって欲しい #
by jyariko-2
| 2026-01-31 16:17
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1月27日 衆議院選挙公示の日 昨日選挙入場券が届いた いつも何気なく受け取っていたけれど 今回は おー よく早く届いたわー などと役所の方の頑張りを思った 枯野にはその声は響かないいつものように静かなもの 世界情勢に不穏な物を感じている上に 我が国もどうなることやら なんだか不安な落ち着かない気持ちの今日この頃 一人一人が片手にスマホを持つ時代 スマホを通せば特典が付いたり 買い物に行けば自分でレジの操作での支払いだったり スマホアプリやカード払い 食事に行ってもタブレットでの注文
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by jyariko-2
| 2026-01-28 16:51
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